園長だより『こんにちは!園長で〜す』

No. 32 2016.6.7

しつけ

先日、北海道で「しつけ」として、子どもを山道に置き去りにする、という事件がありました。幸いにも子どもさんは無事保護され、命にも別状はなかったようです。過日の報道では「事件性はないので」という警察の見解と併せて「児相への通告」が行われたというものもありました。(※児相=児童相談所)

この出来事を通して考えるべき事はたくさんあるかと思いますが、「しつけ」について少し触れたいと思います。

「しつけ」と称しての児童虐待は時折ニュースとなっています。今回のこともそれを踏まえての児相への通告だったのかもしれません。ならば「しつけ」とは、ということになってきます。しつけとは何かを知らない親が虐待まがいのことをしてしまっているのかもしれません。

まず「しつけ」ということばの由来ですが、ある説に『仏教のことばに「習気 (じっけ) 」というのがあるそうです。〈心の習慣性〉というようなことのようです。多分、今でいう〈礼儀・作法〉や〈道徳心〉のようなことでしょうか。その「習気」が、一般の日常語として広まっていく過程で、〈やり慣れる〉という意味の「仕付け」ということばと融合してしまった。』とあります。御仏の教えがこの言葉ともつながっているのですね。

『そこで、基本的生活習慣を身につけさせるとか、道徳心を培うとか、礼儀・作法を教えたりする意味での「しつけ」に、新しく「躾」という漢字がつくられました。』とその説では続いています。

身体の「身」に「美」しいと書いて「躾」。礼儀作法、言葉遣い、道徳心、公徳心など、幼い頃から教え聞かされ、そして目にして子どもに身についていくものと思います。世間を騒がせる「しつけの一環として」というのは「押しつける」と勘違いし、そこに(大人の)思うとおりにいかないときの罰、「体罰」を併せて行っているもので、子どもの身も心も美しくする「躾」とはほど遠いものだといわざるを得ませんね。

子どもさんの躾をどうしていくか、親御さんの考えを是非しっかりともっていただき、子どもさんが成長していく中で、誰からも認められる「躾」をしていってほしいと願います。

もし、私が北海道と同じようなことをしてしまったら……。最低でも子どもから見えるか見えないか、というところで、子どもの様子を見守る、くらいのことはしなければならないな、と考えつつ、ニュースを見ていました。

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